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05.08
Wed

牡丹が我が国に入ってきたのは永安時代薬用としてのようだが、栽培が盛んになったの江戸の頃だという。
牡丹を一人前に育てて花を咲かせるにはけっこう面倒であるらしい。
市販の牡丹の苗木を買ってきても、それは芍薬に接ぎ木した牡丹である事がほとんどらしい。
牡丹は芍薬に接ぎ木して育てると言うことなのだが、芍薬は草本牡丹は木本。
草に木を接ぎ木するという奇妙な現象が必要と言うことのようである。
苗木を買ってきた翌年には花を咲かせることが出来るのだが、草の根っこは木を育てるには適していないのだろう、
花を咲かせてしまうと弱ってしまって牡丹としてはそれで終わってしまうことになりかねない。
牡丹独自の根っこが育つのを待つ以外はないのだが、
苗木を買ったた翌年の花は咲かせると株が弱って使い物にはならなくなってしまうと言うことのようである。
牡丹独自の根っこが出来るのはその後であるから本格的に花を咲かせるのは一年待たなければならないと言うことになる。
おおよそ草に木を接ぎ木すると言うこと自体が奇異なことなのである。
牡丹を増やそうと思ったら芍薬も共に育てる必要があると言うことのようだ。


これは芍薬、牡丹の接ぎ木の台木になる。


Paeonia lactiflora ms10


<掲載写真の複写、転載はお断り。>







05.04
Sat


何事も黄昏時はもの寂しい。
真っ赤な大輪の花を咲かせたこの牡丹の花も今はその影もない。
元気のいい奴は幾らもいるのに、何も萎れる寸前の花を撮ることもなかろうとは思うのだが・・・・
懸命にその姿を保ってはいるが、消えゆく前の寂しさが伝わってくるような、そんな姿に引かれたのだろうか。




Paeonia suffruticosa mb16




<掲載写真の複写、転載はお断り。>







04.25
Thu

十年一日の如く、同じところへ同じものを撮りに出かけているが、
同じようなものばかりが積み重なっていく。
すこしは進歩すればいいのだが、全くその気配がない。
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
と言うからそのうちこの花々を看ることも出来なくなるのだろう。
何か一抹の寂しさを感じる。
花が毎年変わることなく咲いているのを、花を見るものが変わるように、
己が見る花の感覚が変わってもいいようには思うのだが・・・・・
なかなか思う様には問屋が卸してはくれないようである。



Paeonia suffruticosa mb53



<掲載写真の複写、転載はお断り。>







05.23
Wed


Paeonia lactiflora mso2




桜が終わって以来次々に咲いた山野草やその他の取るに足らない花に、出番を奪われていたボタンとシャクヤク。
四月のなかばに咲き始めて、何故か今まで登場することもなかったボタンとシャクヤク。
この豪華な花にも拘わらずあまり見かけることもないのは不思議であるが、何の背景もなくただ、大輪を晒すだけが能の花だからなのかも知れない。
だが、美しいものはそれでいいのである。
何も技巧を凝らすことも、背景の助けもいらない、美しいものは美しく、それでいい。
だが、なかなかその美しさを引き出すことは難しいと言うことなのだろう。
しばらくはボタンとシャクヤクを観ることにしよう。

興味のない人はお通りを・・・・




Paeonia suffruticosa mb5



<掲載写真の複写、無断使用はお断り。>




05.15
Tue


シャクヤク、ボタンは何時も一緒に比べられるが、シャクヤクは草本、ボタンは木本。
ボタンの多くはシャクヤクを台木として接ぎ木されて育てられる。
接ぎ木とはとは言ってもなかなか手間の掛かる仕事らしい。
ボタンの苗木など結構な価格であるのもうなずけるような気がする。
それでも一鉢ぐらいは気に入った品種のものを、鉢物として置いてみたいような気がする。
バラを撮りに行って、バラよりもシャクヤクの方がいい姿を見せていたのに惹かれて、姿のいいものを収めてみたのだが・・・・



Paeonia lactiflora ms13



<掲載写真の複写、無断使用はお断り。>






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