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06.27
Sat

江戸のころ栽培されていたようだがその後姿を消した。
再び発見されるまでは幻の花と呼ばれていたとは言うが、今はもうありふれたヤマアジサイの一品種。
とはいえその姿は美しい。
このごろは似たような品種がたくさん出回っており、判別が難しい。





Hydrangea serrata f. prolifera fm1




<掲載写真の複写、転載はお断り。>







06.23
Tue


仕切りの脇に植えられた紫陽花が見事な花を咲かせていた。
仕切りを飾る模様が面白く、紫陽花に佇まいによく似合うような気がする。
一つの景色を作り出している様な・・・・




Hydrangea serrata tf13




<掲載写真の複写、転載はお断り。>











06.19
Fri

珍しい咲き方をするアジサイを見てつくづくと植物の面白さを感じる。
2006年というから、まだまだ新しい品種に属するだろう。
新しい種が発見され人の目に触れるようになるまでには、十年はかかるだろう。
名前から察すると、かっての流人の島八丈で発見されたのであろう。
紫陽花は土壌の酸度によって色が変化するというが、この品種は白一色という。
疎らな花付きのものしか見たことはないが、
これが本来のものならそれもまた大いに人気のもとになっているのかもしれない。
咲き方はスミダノハナビハナビに似ているような気がしないでもない。




Hydrangea macrophylla ms17




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06.10
Wed

Hydrangea macrophylla ms4




<掲載写真の複写、転載はお断り。>







05.29
Fri

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬ時節には死ぬがよく候 これはこれ災難をのがるる妙法にて候。
これ災難をんがれる妙法なり、と良寛はいみじくも喝破した。
コロナ如きに踊らされ、人間という生き物は動きを止めても、季節は何のためらいもなく過ぎてゆく。
人間などに育てられた花々は首を落とされ、あえない最期を遂げたようであるが、路傍に咲く花は、人間どもなど我関せずと美しい姿を見せてくれる。
コロナなどに脅されたとしても災難だと大騒ぎする必要もなかろう。
死ぬるときは死ぬのがよく候と良寛もいう如く、ただ生活の場をこの世とあの世に移し替えるだけのことに過ぎない。
道端の街路樹の根っこに一株のこんもりとしたアジサイが小さな花を一杯に付けて可憐なすがたを見せていた。




Hydrangea macrophylla ms1x



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