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10.05
Fri




黄色いコスモスのついでに、彼岸花の黄色いのもみてみよう。
黄色といっても純粋に黄色いものというのは なかなかないようで、いろんな色合いのものが浮き出てくることが多い。
コスモスも初めの頃はオレンジが浮き出ていたものが多くみられた。
数年前までは白い彼岸版も珍しい種であったが、今はどこにでも姿を見せている。
ヒガンバナには種ができない。
どのようにして白花のものを急速に増やす事が出来たのか、とても不思議である。
品種改良によって色の違う個体をつくることは出来るのだろうかと思ったりもする。
彼岸花は三倍体の植物であって、増殖するのは株分けに因るのだろう。
三倍体というのは細胞の染色体の基本数の3倍の染色体数をもつ倍数体をいうらしい。
三倍体のものは主として植物に限られ、四倍体の植物と二倍体の植物を交雑することによって得られるらしい。
自然でも三倍体の植物ができる場合があり、それが彼岸花なのであろう。


Lycoris radiata ss1



<掲載写真の複写、転載はお断り。>








09.25
Tue


Lycoris radiata ms9ssx



<掲載写真の複写、転載はお断り。>







09.24
Mon


昨夜は満月かと思うほどのまん丸な月が煌々と輝いていたが。あっという間に雲に被われてしまった。
春分の日の月齢は十三才半ばのようで、満月は明日のようである。
何時もイメージに描くのは、大きな満月の中に曼珠沙華を入れて撮ることが出来たらと思うのだが・・・
叶わぬ夢とはいいながら、光の光芒の中に真っ赤な曼珠沙華を浮かばせる試みは何年となく行ってはみたが、
光芒が多すぎて理想の姿にはほど遠いものばかりが山積していく。



Lycoris radiata ms13



<掲載写真の複写、転載はお断り。>






09.23
Sun

お彼岸とは言っても彼岸花を飾る人は少ない、というよりもほとんど居なかろう。
やはり昔から言われるように死人花などという有り難くない名前を頂いている所為なのだろう。
この頃は花壇などにも、彼岸花を植えるところもあるようだが、多くは真っ赤な彼岸花ではなく、広い彼岸花後好まれるらしい。
お彼岸とはいっても、今日あたりでは、群生地の彼岸花も、もう既に時期を過ぎてしまっているのだろう。
人間、歳を重ねてくると、遠出が億劫になって、ついつい近間なもので済ませようとする。
これは何も肉体的な歳だけではなく、趣味の領域で何年も同じものを撮り続けていると,
その経験年令でも同じ事が言えるのではなかろうか。
何事に因らず、経験や知識を積み重ねていると、なんとか理由を付けて、
身近にあるもので済ませようとしていることに気付いたのはもう何年も前だから、頭の老化も極限に達しているのだろう。
身近な世界だけで考えていれば楽が出来るからだと、知らず知らずのうちに頭が勝手に考えているのかも知れない。



Lycoris radiata fm1


<掲載写真の複写、転載はお断り。>






09.22
Sat




街路樹の根方に色も花姿も貧弱な彼岸花が寂しげな様子を見せながら佇んでいるのを見つけた。
これはとても画にはなるまいと思ったが、その姿が如何にも寂しげな様子に引かれて、画家ならこれをどのように表現するのだろうと思った。
画家なら己の感性に従って様々に工夫できるのだろうが、写真では・・・と思いつつそれでも画にはならないだろうかと・・・

今日は直射が弱く白飛びもそれほどなかろうと・・・・それでもこの色あせた色はどうにもなるまいと・・・
一方で林間に隙間なく広がる曼珠沙華の姿ばかりが画になるのだとしたら・・・・



Lycoris radiata ms2


<掲載写真の複写、転載はお断り。>






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