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05.26
Tue

何を思ったか、突如として緊急事態宣言を解除した。
緊急事態宣言を解除したら、コロナが終息したとでも思っているのか、
全員あのどでかいマスク顔のマスクを取り外している。
思わず大笑いしたね。
馬鹿な話よ。
外出制限すればそれなりに発生が少なくなるのは自然の現象。
うつる対象が少なくなるんだから・・・・小学生がそんな話をしていた。
利口な子供だ、子供でもそんなことは知っている。
感染を拡大させていた根源をなくしたわけじゃないだろう。
それはほったらかしたまんま~~
皆一斉に外へ出てくればまた、感染者が増えるだろう。
その時またあのどでかいマスクをつけるのか、何とも呆けた話よ。
いやいや、あのマスクもただのジエスチャー。
もう惚け話は願い下げにしたいね。



Rosa ms7



<掲載写真の複写、転載はお断り。>








05.28
Tue

Rosa rugosa mn1



あまり聞き慣れない言葉。
でも、ハマナスというとピンと来る人も居るかも知れない。
そう、原種バラの一つ。
我が国ではハマナスの和名で親しんでいる人も多い。

知床の岬にハマナスの咲く頃~
聞いたことがあるような、ないような~
あの頃ハマナスってどんな花だろうって思っていた。

あの一世を風靡したエンタテイメント森繁の作詞作曲。
あの頃の思い出は、今だに脳裏に焼き付いて、思い出される。
そう安保闘争のまっただ中、悲劇的な事件もあったが、実にいい時代であったような気がする。
何時の時代もそうであるが、あの時代も無能な政治屋がその無能さを暴露した時代でもあった。
そんなときに詠われたあの旋律は忘れ得ない。

知床の岬にこんな花が咲き乱れたのだろうか。
飲んで騒いで、丘に登れば、白夜は明ける。
飲んで騒いで、街中を歩いても、学生服を着ていれば、おおよそ大目に見てくれたものである。
その知床に咲き乱れたハマナスも今は絶滅危惧植物であるらしい。



Rosa rugosa mn2



<掲載写真の複写、転載はお断り。>





05.18
Sat

市民公園にバラ園を見ることの出来る数少ない公園だろう。
今がちょうどよい頃合いで、まだまだ蕾も多いから楽しめる。
駐車場が完備しているから、気軽に出かけられる。
日曜祭日はいざ知らず普通のウイークデーは解放されている。
森に囲まれたような閑静な芝生の中380種840株が咲き乱れている。
ただ五月の強い日差しはバラの撮影には向かない。
薄日が射す日が一番いいのだが、自然相手ではなかなか思う様にはなってくれない。
国営や都営のように馬鹿高い駐車料金を取らないのが、市民にとっては有り難いのだが、市の姿勢如何によっては、
駐車場がありません公共交通機関を利用して下さい等の市は権力主義の市政を行っているとみてよい。
すべてが万事こうゆう市は市民に負担を掛けることになんの痛痒も感じていない。
せめて、市政ぐらい市民本位に物事を運んでくれればいいと思うのだが、
介護について、老人は老人同士で助け合え等という役人がいるようでは、それなど望むべくもない。
怖ろしい市もあったものだと思う、その怖ろしい市に住んでいる我には心安らぐ日はない。
こうゆう役人にも親は居るだろう、粗末にされていなければいいが・・・・・



Rosa mn4


<掲載写真の複写、転載はお断り。>



05.02
Thu

美しい花を人間の女性の美に例えたのか、いずれかは知らないが、そしてこんな事を何時誰が言い出したのか、
生薬の使い方を示したものだという人もいる、人間ていう生き物は例えることが好きな様である。
美しいものは美しいのではあるが、それを素直に認めればいいのではあるが、
人間という生き物、なかなか素直にはものを見れないらしい。
そう、中国の随分と古い時代の生き物、老子とも老聃とも呼ばれる輩に言わせると、
人々が美といっているものは実は醜に過ぎない、また善だと思っているものは悪に過ぎない、
これらのものやあらゆるものは相対的な区別に過ぎないという。
そんな相対的のものは現れかたが違っているだけで、本質は何ら違いは無く同じものだという。
だから美と言っても醜といっても絶対的なものではあり得ないと言う。
美が何時醜に転化するか判らない。
かの玄宗皇帝を魅了した楊貴妃であっても、幾ばくも無く醜へと転嫁していくだろう。
それが嫌なら、絶頂の時、この世を去る以外にない。
功成り名を遂げたら、早々に身を引くのがいいというのもこの同じ輩、老聃ではある。
何事であっても本質的なものは見えにくく、人間という生き物は外に現れているものに囚われるのだという。
とは言っても美しく現れた牡丹の花を見て、なんと醜な花かなどという輩はいない。
だから美であっても醜であってもそのことにとらわれることはないのであろう。
とは言っても美しく見えるものは美しく、醜なものは醜である、唯それの囚われることがなければそれでいい。
禅などでも一つのことに囚われず、次から次へと流していくがいいという。
この様におかしなものの考え方をするものが、この世に現れた人間という生き物に崇められる傾向がある。




Paeonia suffruticosa mb3




<掲載写真の複写、転載はお断り。>








05.01
Wed


シランなどと書くと奇異な感じを受けるが、紫蘭と漢字に変換すると花の様子がよくわかる、紫色の花を付けるランの一種と・・・・
性質は丈夫で日当たりがよければどんどん増えていくと言われている植物が何故絶滅危惧植物なのか・・・・・
この花のように、絶滅危惧植物と表示されている植物があるが、園芸コーナーなどではその種を随分と見かけることがある。
栽培品は豊富に出回っていても、野生種としては絶滅寸前なのだろうとは思うが、その野生種が絶滅してどんな影響が植物界にあるのだろうとよく思う。
生あるものは滅す、現在の地球環境に適応できなくて絶滅に瀕する、たとえそれが人間が関わったためとはいっても、
それがそのときの地球環境であったなら、それがその種の運命といわざるを得ない。
人間の行為が絶滅の原因としても、人間の存在はそのときの地球環境をなしているのだから、
人間の存在する地球環境に適応できなかったと言うに過ぎない。
地球環境の変化によって、同じように何時人間という種が絶滅危惧種になるか判らない。
その変化が人間という生き物によってもたらされたとしても、それがそのときの地球環境なのだから・・・・
人間が絶滅するときは過去に絶滅した種があるように、
それが地球の環境なのだからそれはそれで当然と受け止める種が地球上に現れるのかもしれない。
地球と言う惑星が存在していればの話だが・・・・
園芸種とはいっても、今は所嫌わず至る所に繁茂している、ほとんど野生化しているのではなかろうかと思えるほどに・・・・
理解しがたい話ではある。




Bletilla striata mss2


<掲載写真の複写、転載はお断り。>








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