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11.30
Thu



大輪菊には厚物、管物と平物一文字などが作られている。厚物や管物はよく見かけるし、画にしようとすると勢いそれらのものに目が行ってしまう。
時によっいぇは、平物一文字などと言われる大輪の菊もそれなりに見事な姿を見せてくれることがある。
白い円盤の上に展開するのであるが、展示会などの初期には花がまだ十分でないとき
円盤が邪魔をして花の美しさだけを観賞しようとするものには敬遠されるかもしれない。
凡そ円盤が隠れるくらい見事に広がった花を見るのは久しぶりであった。
色もとても魅惑的、この花が目に飛び込んできたとき、何のためらいも無くカメラを向けていた。




Chrysanthemum morifolium jtf27



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11.29
Wed

Miscanthus sinensis ms1x




公園へ行っても何にもない。
弱々しい日差しはあるものの、寒々しい枯れ野が広がるばかり。
公園の隅っこに、夜ならさしずめ、幽霊観たり枯れ尾花のご本尊が風に揺れているばかり。


そうそう、つい先頃まで街路樹の根っこに季節外れのオキザリスが可愛いピンクの花を咲かせていた。
なんとも変わった奴だと思いながら、取ってはみたが何も驚くこととはない。
いつでもどこでもところ構わず花を咲かせるカタバミと違って、ひっそりと咲いている姿はとても可愛い。
商売熱心なのか、まったく思いもよらない花が、思いもよらない季節に事然と姿を見せる事があり、
植物の世界でも、人間様の欲の突っ張りが影響して、全く季節感と言うものが無くなってしまった。
遺伝子操作が解明されている今、真冬の雪の中で、サトザクラが見れる時代が来ないとも限らない。



Oxalis ms2


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11.28
Tue

人間などと言う生き者は闘牛の牛と同じで赤には敏感に反応する様である。
外から見た紅葉は透過光より劣るとは思っているのだが、これほど真っ赤に染まると引き付けられてしまう。
この紅葉だけならとることも無かったのだがちょうどいいくあいに建造物がいい配置で、目に飛び込んできた。
もう少し寺らしい建物であればいうこと無いのであるがそれでも私の眼にはまあまあいい具合だなどと思ったのだろう、。
写真などと言うものは画を見ることに在って文章を読むためのものではないのだが、
画の説明でなければよしとするかと勝手に決め付けて、駄文を書いている。
去年もこのところは売る着いてはいたのだが、ここを撮った記憶がない。
時期的にこれほど真っ赤に染まった光景としてはみていなかったのだろう。
やばり強烈な赤には過剰に反応するということなのかもしれない。



View tf31



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11.27
Mon


View tf44




堂宇に西日が当たって赤く染まっている。
赤く紅葉した木々も西日の前には影が薄い。
山陰になった木々が巨大なモンスターの様に覆いかぶさってくる。
まだ明るさの残る五重塔だけが鮮やかに浮かび上がっている。



View tf46



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11.26
Sun
ここ暫く本を読むのに忙しく、紅葉を撮りに出かけ損なっていた。
もう遅いだろうなとは思いながら出かけてみたが、まあまあそれなりに美しい紅葉に出合えたような気がする。
それでもやはり順光で見る紅葉は色の冴えが見られないのは仕方のないことだろう。
もともと、紅葉を写真で画にしようとするとき、
順光で撮ること自体あまりいいものは撮れないだろうと思うのが私の基本姿勢であって、
殆どは木の下に潜り込んで、撮ることが多い。
紅葉の画は順光の表面反射の色よりも、透過光の方が遥かに美しく、
汚れなども目立たないのは当たり前といえばそれまでなのだが・・・・・
今日は現像に忙しく、他のことなどに構ってはいられないのだけれど、とりあえずは今日撮った中から一枚を・・・・・



View tf22



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11.25
Sat

Ilex rotunda ss1



どんな大木でも子孫を残すには花を付ける必要がある。
常緑であろうが落葉であろうが、大木と言われるものの花はほとんど目にすることのないうちに花期を終えてしまうものが多い。
秋になって真っ赤な小さな実が成って初めて気が付く様である。
これはくろがねもちの実であるが、5,6月ごろに淡い紫がかった小さな花を咲かせてはいるが殆どの人は気が付かないで過ぎてしまう。
花後に小さな実を一杯つけ、秋になると真っ赤に熟しているのを見て、その姿を楽しむことになる。
このくろがねもちはモチノキの仲間ではあるが、枝や葉っぱの塾が紫色を帯びるところからくろがね即ち黒鉄黐とよばれている様である。

秋に見事な赤い実を付ける木の花は凡そ美しいものはないが、このくろがねも居の実とよく似た実を付けるのに、美しい花を付けるものがある。
秋の初めごろにはもう葉っぱは病葉に近くなるが、真っ赤な樹は枯れ木に花の如くよく目立つようである。



Cornus florida ms10


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11.24
Fri


View tf26




全山紅葉などの画を見ると、色とりどりでとても美しく見えるが、ただそれだけの事で、肉眼で見た感動が伝わってこない。
紅葉を画にしたいと思った時は木の下に潜り込むことに決めている。
透過光で見る紅葉の美しさに魅せられたというのだろう。
けれども深い森の中では陽の光が地上まで届いてくれない。
自然を相手に人間様が如何に頑張っても、なかなか思うようにならないのは当たり前のことで、
その中から心に響いたものを画にする、それが写真を撮る事の楽しみなのであろう。




Vew my4


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11.22
Wed
最近、ブログって何だろうって思う。

Sazanqua ss17


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11.21
Tue

View ss19



何処の花壇を眺めても花の向きは凡そ西に向いて咲いていることの方が多い様な気がする。
紅葉も色鮮やかに紅に染まるのは午後の光を受ける側の方、
即ちあの西日と言う強烈な光を好むかのように美しい色合いを見せている。
旭光は澄み切った爽やかな光を届けてくれるのだが、画にするのは午後の光の方が画を引き立ててくれるような気がする。
旭光は水平線から僅かに光が漏れ始める頃からドラマが始まるが、
富士に例えれば赤富士が終わるころまでの光の様な気がする。
日本海側で育ったわれとしては大海原に沈む太陽の美しさが、未だに脳裏に焼き付いている。
このいちょう並木も西側の方が色あざやな黄色を呈することが多いのではなかろうか、撮っていてそんな気がしてくるのである。
この並木、良く知られた公園の並木ではあるが、何時の時期に訪れても一度撮ってしまうと、
毎年撮りに行っても同じ様なものしか撮れない様な気がする所為かその後は訪れる事も無なくなった。
これはもう六、七年も前の光景である。
今年出かけても同じものしか撮れなかったであろう。
これを撮ったころは完全に色付くのが待ちきれない様に撮りに行ったものであるが、
この頃はそれ程の意欲はなくなった様である。



View ss24



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11.20
Mon


先日園芸コーナーで満了の鉢物を見つけて、写真を撮り始めたころの事を思い出していた。
滅多に買うことも無いのだが、興が湧いて鉢物を買ってくると、
その花などに似合いそうな背景の処へ持ち出して画作りをする楽しみもある。
それまではつくづくと花など眺めたことも無かったのだが、
花、植物の写真を撮り始めたころ、その植物や花の微妙さに随分と感心したものである。
この万両もその一つではああったが、このお金にまつわる植物が随分と在ることに、
昔から人間と言う生き物はお羽と言うものに魅力を感じ、苦労していたのだなあ~って思い知らされたものである。
お金にまつわる植物は一両から万両まで、きっちりそろっているのが面白。
これらの濃緑のはと真っ赤な実とのコントラストは実に美しい。
お金にまつわるところから、いずれも正月の縁起物として昔から人々に親しまれてきた。
人間と言う生き物、お金と言う代物に実に興味深い執着がある様である。
因みにお金に関係のある縁起物の植物を記してみると・・・
アリドオシというのがある、これは一両、アリドオシと言う名前は何時も常にお金がある、を意味してつけられたものであろう、これはアカネ科。
十両と言うのもある、これはヤブコウジ、藪柑子の別名、サクラソウ科ヤブコウジ属。
百両と言うのもあり、これはカラタチバナの別名で、サクラソウ科ヤブコウジ属、
千両はもはや有名な植物で知らぬものはあるまいが、これはセンリョウ科。
万両はマンリョウは、サクラソウ科ヤブコウジ属の常緑小低木。
その当時、鉢物でそのお金の係わる植物を見つけると買ってきてはその赤い実を撮っていたことを思い出している。



Ardisia crenata ss1


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11.19
Sun


E Dahalia js3



何時咲かと通るたびに木になっていたが、咲き始めると一気に咲いたようである。
この花も美しい姿を見せてはくれるのだが、三メーターを優に超してその倍ぐらいにはなりそうな草本である。
幹は竹のようになり、眺めていても首が痛くなる様な、あまりしげしげと眺めれる花ではない様である。
ところが良くしたもので、二メーター程度で抑える育て方も出来る様で、画にするならそんな種類が狙いであろう。
その点、ハイブリッドものは撮り易いが、人それぞれ好みがあって、ハイブリッド物には興味のない人もいる。



E Dahalia js2



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11.18
Sat

真白なグリーングラスの穂が夕日を受けて赤く染まって美しい光景であった。


View ss21



写真を志す人は殆どの人が知っている言葉ではあるが、詳細について心得ている人は意外と少ない。
尤も、ずう~っと以前の白黒写真のときはほとんど気には掛けなかったが、カラー写真ではそうはいかない。
フィルム時代はデーライトタイプフィルム、タングステンタイプフィルム と区分けされてはいたが、
今のデジタルの時代ほど細かく色温度を調節することは不可能であった。
色温度とは黒体放射の色と対応させて、発光物体の温度を表示する方法、またその数値を言うのであるが,
こんなことは頭の隅にでも留めておけばいいのであるが、実際に必要なのは撮影する時々の光の状態は常に注意する必要がある。
デジタルになって、現像するときにでも、十分変換が出来るので、撮影時には気に留める人も少なくなったであろう。
しかしせめて朝日や夕日、白色電球、蛍光灯ぐらいはその色温度を知っておいて不都合はない。
その色温度の単位はケルビンで表されKと表示されることはもうだれもが知っている。
因みに、朝日や夕日の色温度はおおむね 2000 K であり、普通の太陽光線は 5000 ~6000 K である。
現在のデジタルカメラの太陽光は殆どこの間で設定されている。
秋の澄み切った高原で撮影されたことのある人は、幾らか黄色味を帯びることを感じた人もいるであろうが、
色温度が随分と高くなっているのである。



View js2



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