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12.30
Sat


今年のご厚誼誠にありがとうございました。
特にいつもコメントを頂戴しながら何の返事も致さなかった人々には深くお詫び申し上げます。

二―チエがこんなことを言っています。
一日をよいスタートで始めたいと思うなら、
目覚めた時に、この一日の間に少なくとも一人の人に少なくとも一つの喜びを与えてあげられないだろうかと思案する事だ。
その喜びは、っさやかなものでも構わない。そうして、何とかこの考えが実現する様に努めて一日を送る事だ。
この習慣を多くの人が身に付ければ、自分だけが得をしたいという祈りよりも、ずっと早く世の中を変えていくことだろう。
                  ――ニーチエの言葉より 白取春彦編訳――
この一日を正月元旦の朝に置き換えてみると来年一年の考え方に置き換わるでしょう。

良いお年をお迎え為されるよう祈念いたしております。



View ms41




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12.29
Fri

正月に眺めたい花は梅一輪とこのの水仙
昔の家は殆ど床の間を備えていたものだが、今は全くと言ってみる事はない様な気がする。
茶の間の床の一輪挿しにひっそりと一輪この花を見つけると何とも言えない感慨がわいてくる。
それは、梅一輪を付けた一枝であっても見事な情緒を醸し出してくれる。。




Narcissus ms5



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12.28
Thu

これは表示がないので確かではないがやぶ椿なのではと思っている。
日中は日差しがあって暖かだが、朝夕の寒さが堪えてか、花を開ききる前に 萎えてしまうものが多い。



Camellia ms65




いま街中で咲いてる花は椿かさざんか。
同じ仲間ではあるが花期が多少ずれている様である。
それでも早咲きの椿、初雁や藪つばきなどは、早いうちから花を咲かせている。
この時期に咲く椿は花ごと落下しないで、付いたまま朽ち果てるのは山茶花とよく似ている。
白い花などは茶色く変色して見るからに汚らしい。
動物に限らず植物でも生き物すべからく、朽ち果てる姿は哀れをとどめる。



Camellia ms66



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12.27
Wed
View tfs51




日本の城や大寺院の屋根のあの優美な曲線の美しさは形容しがたいほどの美を我々に見せてくれる。
あれほど大きな屋根を支えるものを何百年も前に作り出してというのだから、驚くばかりである。
今の建築技術であれほどのものを創りだせるのだろうかとも思うが、あの屋根を修復しているのだから、
それだけの技術はあるのだろう。



View tf52



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12.24
Sun

灯篭に被が入る頃昔は江戸の町も一日の終わりを告げる。
庶民は暗くなる前に依るの食事を済ませて、草々に寝支度にかかる。
明かりを灯していられるのは、裕福な家と決まっていて、ろうそくなどは庶民にとってはとても手が出ない。
明かりの油も、魚油で生臭さが辺り一面に立ち込める。
それでも余裕のある裕福な武家などの庭には灯篭があってそれに灯が入ると、幻想的な光景が浮き上がってくる。
江戸の町は真っ暗闇で、提灯がなけれな一歩も歩けない。
先頃の震災の時、停電で一気に町が暗闇につつまれた。
外灯も無い暗闇の町の雰囲気を味わってみようと街中を徘徊したことがあった。
何度か、人と正面衝突しそうになった、足元の段差に気が付かず転びそうになったこともあった。
提灯がなければ人と人がぶっつかることは、実感を持って味わった事がある。
何もかにも、便利にはなったが、明かりの有り難さを実感する人は少ない。
今日、夕ご飯、夕食と言うのは、江戸の庶民が食する晩御飯は明るさの残る、夕方に、済ませた名残であろう。


View tf11



灯篭に灯が入ると雰囲気が一変する。



View tf51


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12.23
Sat


古都へ行くと石仏でも木仏でも等身大以上もある古仏がたくさん目にすることが出来る。
観光等で訪れる人々も様々な古仏を見ているが、大きな古仏に手を合わせているのを見掛けた事はない。
小さな仏には熱心に手を合わせてはいるのだが、どうしてだろうといつも思う。
神や仏は一切信じない吾は手を合わせて拝むなどと言うことは全くないが、
見事な作りの木仏、石仏に出合うと敬虔な気持ちになることは度々ある。
この巨大な菩薩にも手を合わせている人は今だ過って無い。
彼方此方の丘に巨大な仏像が立っているが、それらとて様々な祈りを込めて建立したものであろうに・・・・・・



View tf36



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12.22
Fri


sazanqua js9




遠目には記一面が真っ赤に見えてとても華やかな感じがするが、近寄ってみると、
殆どが萎れた花ばかりで装飾された木である。
この樹に豆電球を配線すれば、遠目にはとても立派なクリスマスツリーに見えるだろう。
椿は花が元気なうちにポロリと落ちるとは言うけれど、椿すべてがそうではない。
さざんか同様何時までも萎れたままへばりついている椿も随分と多い。
散り椿のように、花びらが一枚一枚散って、地面が真っ赤に彩られた光景は何とも言えぬ美しさ、
風情があるのだが、なかなかお目に掛かれない。
椿やさざんか類は萎れる前の美しい姿を脳裏にとどめておくしかないのかも知れない。




Sazanqua ss25



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12.21
Thu

この時節はもう花などは何にもない。
紅葉もすでに終わりを告げて久しい。
花があるとすれば温室に僅かなものが見れるかもしれない。
温室の定番はべごにあと蘭。
温室なども展示の仕方によっては全く画にならないことが多い。
それでも中には画にできそうな花もある。



Begonia js6



ベゴニアの種類は多い。
元々が熱帯から亜熱帯に生育する植物なので我が国あたりでは環境が厳しいであろう。
品種のグループ分けをすると球根性、根茎性、木立性と大まかに分けられるが、すぐ見分けれろと云ってもとても無理。
求婚性のものは比較的判断が付きやすいがその他はなかなか難しい。

この二つの内、一つは球根ベゴニアでる事は間違いないが、もう一つは判らないと云った方がいい。
センパフローレンスかも知れないが、断言はできない。
我が冬になり他の花がなくなると温室へ出掛けるので、勢い蘭やベゴニアを採ることが多い。
暖かい頃には何も好んで温室へ入るなどと言うこともないが、寒さが厳しくなると温室が頼りになる。

  

Begonia js4



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12.20
Wed

子供の頃は正月はただ楽しいだけの年中行事であったが、一里塚を何十回も通り過ぎてくると、楽しいとばかりはいっていられない。
子供ではないが、あといくつ寝たら・・・・・の時期になると、世は寒々としたものばかりに見えてくる。
一休宗純でなくとも、また一つ一里塚が見えてきた。
これが最後の一里塚なのか、まだ先に幾つか残っているのか、閻魔殿に聞いてみたいような気もする。

街中を徘徊しても感性を刺激するものは全く見当たらない。
風景も花も心に響く何物も無いと言っていい。
街中に見えるのは葉っぱを落とした寒々としか枯れ木擬きばかり。
蝶よ花よと花に戯れていた虫さえも全く姿を見せなくなってしまった。
陽だまりのこずえに止まった寒さに膨らんだスズメが一羽鳴くでもなく、辺りを見回すでもなく蹲っている。



Rosa js85x



世の中のほとんどのものが冬眠に入ろうとするとき、ひとり人間と言う生き物だけが無暗経矢鱈に街中を走り回っている。
人間と言いう商売は何とも忙しくできているのだろうか。
盆と正月、藪入りの日ぐらいがどうにか息が抜けるだけなのかもしれない。

十二月に入って咲いた薔薇は寒さにふるええていることだろう。
それでも、毅然とした姿を見せないことには、それが薔薇の矜持と言うものなのだろう。



Rosa js90


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12.19
Tue

Schlumbergera ms43



普通はシャコバサボテンと呼んでいるのだが,買った鉢にデンマークカクタスと表示があった。
とすればデンマーク…と呼ぶべきなのだろうが、それはどちらあでもいい。
去年からいる純白のしゃこばが花を付けて、ある程度の大きさににはなったが、それ以後一向に進まない。
花を咲かせれば春には植え替えようと思ってはいたが、その手間が省けるようだ。
花を鉢で育てるにしても、何時までも同じで、それ以後の発育がないともう我慢の限界。
咲きたくなければそれでもいい、不忠者の花などいくら手をかけても市か阿多がない。
そのうち蕾のまま落ちてしまう羽目になるのだろう。
十二月に花を咲かせる植物は寒さに合うのは承知のはず、寒いからと言ってsかないのは料簡違い。
短日処理をするのも面倒になった、今日からは手を一切かけないで咲くか咲かぬか。
一週間後に花がなかったらゴミ箱行きだ。
秀吉や家康のように、咲かせてみようとか咲くまで待とう等は悠長に過ぎる。
咲かないものは殺してしまうが一番なのだろう。



Schlumbergera ms44x





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12.18
Mon

Prunus ms50



さほど大きくもない公園の片隅に十月桜が一品植えられている。
この公園が出来た時に植えられたものだろう。
もう何十年か経った木ではあるのだろうが、痩せこけた栄養不良のように貧弱な姿で立っている。
丈ばかりが伸びているのだが、花は見る影もないほど小さいのが、ちらほらと咲いている。
市管理の公園であってみれば、手入れなどする気は全くないのであろう。
朽ち果てるまでの命なのだろうが、行政管理の公園の木々や草花はは哀れである。
誰が植えたかその奥まったところに万両が真っ赤な実を付けていた。
周りは伸び放題の枯草が茂っている。



Ardisia crenata ms5


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12.17
Sun


椿の種類は驚くほど多い。
ばらなどは何万とあるのだから、驚くにはあたらないが、
その育成の方法がまるで違うことを考えると、驚くに値するのかも知れない。
我が国には野生種としてこの藪つばきとその変種と思われるゆきつばき及びやくしまつばき以外はない様である。
一度は見てみたいとは思っているのだが、ゆきつばきは日本海側の雪国に自生しているというが、
北陸に住んでいた頃は花などには興味が全くなかったな。
そういえばゆきつばきの表示のある花を一度植物園で見かけたが花が萎れて画にはならなかった記憶がある。
茶の湯の茶室などにこの花の蕾が何気なく活けられていることがあります。



Camellia js79



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