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06.30
Sun

一口に庭といっても、作られる意義や目的によってさまざまな庭ができ上る。
いくらか傾きかけた、ごく小さな庭に灯篭が風情を添えている。
茶室の庭ででもあるのだろうか。
今は千利休が言い出した草庵茶室などというもの流行らないのだろ。
古の茶道は荒壁むき出しの粗末というか、質素というのか、
利休あたりのただの思い付きを取り入れて後生大事に茶室を作り続けた。
たかが茶を飲むことに精神修養を括り付けた、偏屈男の思い付きが今も形式ばかり重視の茶道というもの姿を変えて、
この世に流れ続けている。
四畳半では足りずに、二畳の茶室何の意味がある。
ただの偏屈男の思い付きを取り入れていったはいいが、その偏屈ゆえに己の命をも差し出す羽目になった.
いま茶を修する人々は茶というものの心をどれほどの思いで、喫しているのだろうか。
いまの形式ばかりを重んじる茶道などの元祖とは言っても命と交換の偏屈では、あの世へ行ってつくづく思っただろう。
まさか命まで取られようとは・・・・しかし己の偏屈を押し通すためには命乞いはできなかったろう。
なぜ切腹を命ぜられたのか、今となっては謎のままだが、
秀吉のものの考え方の本質はその奥底には土百姓の物の考え方が違っていることを見落としたことだろう。
ど百姓がなまじ分不相応な権力を握ったばかりに、哀れな老醜をさらした。
秀吉の臨終間際の取り乱した哀れな姿を草葉の陰の利休はどんな気持ちで眺めていたろうか。




View tf5



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06.29
Sat

暑くなってくると、そろそろ水場が恋しくなってくる。


Narcissus fm1



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06.28
Fri

View tn2




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06.27
Thu

Hydrangea macrophylla tf11




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06.26
Wed



一度は訪れてみたいと思っていた庭園ではあるが、なかなかいくまでには至らなかった。
アジサイが見ごろだというので出かけてみたが、結構珍しい品種のアジサイに出会えた。
枯山水でなければ、日本庭園の定番、池と灯篭。水が循環していて美しい池ではあった。
木々の緑が美しい、写真を撮りながら、ひと時を過ごすには格好のところであろう。
暑い日ではあったが結構訪れる人も多く人気があるのだろう。



View tn1



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06.25
Tue

Hydrangea serrata tf6sx



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06.24
Mon

六月二十四日は聖ヨハネの日とキリスト教では祝日とされているようだが、このオトギリソウ科オトギリソウ属の花、
薬草として用いられる西洋トギリソウは聖ヨハネの草と呼んでいるという。
ところで、このオトギリソウ属の花は亜熱帯から熱帯にかけて分布している植物なのだが、
数百種のうちわが国には20種ほどが自生しているという。
おしべが独特の姿をしているが、雨後では見る影もないほど哀れな姿をしている。

この日は中夏節と呼んでいるところもあるようだが、似たような言葉に中秋節というのがあるが、
これは東アジアの伝統的な行事のひとつで、旧暦の8月15日に行われる。グレゴリオ暦では9月または10月にあたるようだ。




Hypericum monogynum ms1



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06.23
Sun

ザクロの花はオレンジがかった真っ赤な花である。
果実がまた真っ赤な種を一杯に付けた甘酸っぱい味の果実である。
ざくろの果実は今でこそ見向きもされないようだが、
子供の頃は山へ行くとザクロの実がたわわになっているのを見つけると、夢中になって採って食べたものである。
薬用にもなる様だが、ザクロはむかしは人肉の味がすると言って嫌われたようである。
この人肉の味がするというのは鬼子母神の改悛前の餓鬼の時代、他人の子を取って食ったと言う説話の所為である。
そのザクロを手に持つ鬼子母神は改悛後女神として信仰されるようになったのだが、その鬼子母神とザクロと釈迦の説話は面白。



Punica granatum ms1


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06.22
Sat

ドクダミはドクダミ科ドクダミ属の多年草。
別名、ドクダメ、ギョセイソウ、ジゴクソバ等とも呼ばれている。
子供の頃は現代のように薬など氾濫しているはずもなく、薬草が活躍していた時期であった。
大概の不調は昔から伝わった薬草などで、爺さん婆さんが活躍していたものであった。
それで間に合わないときは置き薬が重宝していた。
今の余蘊薬が氾濫し、病院などへ行ったもすぐ検査に回されて、即病名を聞かされることはほとんどない。
今の医者はデータをよむ技術はあるのだろうが、病気を診断する力は昔の医者の方が遙かに優れていたような気がする。
このドクダミや、イケノハタなどとよんでいた野草が随分と活躍してくれたように思う。



Houttuynia cordata tf1


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06.21
Fri

江戸の頃は流人の島。
今は観光の名所なのだろう。
時代の経過で変われば変わるもの。
同じ伊豆七島の流罪でも罪の軽重によって、送られる島が違っていた。
八丈送りは重罪人であったのだろう。
受け入れる島民にとっては迷惑この上もない。
ここに送られる重犯罪人はどうにか死罪を免れた、この世にとって必要のない生き物、
それは時代が変わろうと、昔も今も変わりはない。
生活の厳しさによって区分けされたのだろう。
それでも四季折々に可憐に咲く花々が、流人どもの気持ちを和ませてくれたのかも知れない。
この八丈で採れたあじさいだろうか。



Hydrangea macrophylla f.normalis tf10



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06.20
Thu

やまあじさいとガクアジサイの区別は難しい。



View tf13


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06.19
Wed

アメリカ原産の紫陽花であるらしい。
柏葉紫陽花どでかいものが好きなアメリカ人の作りそうな紫陽花ではある。
微妙な奥に隠れたような美しさを好むものにとってはこんな姿のものはとても興味の対象にはならない。
美しさの感覚が民族によって随分と違ってくるのであろう。
この柏葉紫陽花そのものを画にしようと思ったことは、今までついぞなかった。
何かの画の添え物としか考えてはいないのが我の感覚であるが、それは今からも変わることはなかろう。
お頃ミニ子のっを主とした画を撮ってはみたが、とても画と言えるようなものではなかった。



View tf20



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