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08.08
Wed



子孫の残すために一生懸命に大輪の花を咲かせ、根っこを一杯に伸ばしても、
ほとんどを人年様の胃袋の中に入れらてしまう、雑食の人間という生き物が存在する限り
、この世の生き物は人間という生き物を満腹させるために存在しているようなものである。

もう何十年か前、花の写真を撮り始める、何でも屋の頃蓮の花を撮りに何人かと出かけたことがある。確か千葉県との境近くで合ったような気がする。
そこはもちろんレンコンを採るための蓮田ではあったが、早朝から花が開き始めるのを見て感動していたことを思い出している。
花が開くときポンって音がするからなどと謂われていたが、未だかって花の開く音は聞いたことがない。
それからまた十数年経って花を撮り始めたとき、
古代蓮だなどと仰々しく大きな看板を見て普通に見る蓮の花と違っていることに気がついて、
これまた古代人が眺めた蓮の花だなどと感動したことを覚えている。
だがよくよく考えてみると、二千年以上も前の蓮の種が現代に蘇るなんてことがあるだろうか、
と疑問に思ってから古代蓮と言われるものについての特別な感情はきれいに消え失せてしまった。
けれどもその美しさはこの種の蓮が一番抜けている様な気はする。
こんな面白い姿になるのもあるんだなあ~って思いながら、
この花の寿命は今日限りなのだろうなと思うと何故か愛おしさを感じる。




Nelumbo nucifera fm18



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